の笑顔、のふくれっ面





コンコン、キン、コン、キンキン…。

九月に入り、夜も随分と涼しくなってきた。草の陰でリーリーと虫の鳴き声が響くようになっていたが、今日はがやがやとした喧噪でその音も薄れていた。
今夜は木の葉の神社の祭礼で、境内には人が溢れかえっている。

「カカシ、俺達も行ってみよう」
にこにこと嬉しそうに笑う先生は、木の葉でも有数の忍のクセにこういう行事が大好きだった。
戦場に出れば鬼神の如く駆け回る金色の獅子。
輝く金髪と端正な顔立ちはその屈託ない人柄と相俟って人を惹きつけるのに充分だった。カカシ自身、師のことは誇らしく思っている。
が、しかし。
先生の行動にはついていけないことが多かった。自分は六歳にして中忍になった身だが、人と接するのは正直いって苦手だった。闇に紛れて任務をこなすのが自分の性にあっている。いや、本当のところ先生は、この歳で戦場にいる俺を少しでも里に馴染ませようとしていただけなのかもしれないが。
「いいからおいで」
先生にぐいぐいと無理やりに手を引かれて、色とりどりの灯りが揺らめく境内を歩いた。
「秋の祭りは子供舞楽をやるんだけど、まだ見たことないだろう? カカシと同じ年頃の子たちが踊るのを見られるよ。そういえばカカシも前に舞楽を習っただろう? ああ、今年はイサナのとこの子も出るって言ってたなぁ」
楽しそうに話しかけてくる先生に付いて歩きながらぼんやりと考える。
(舞楽…、ああ、任務で気色悪い大名の前で踊ったやつか。あんなの面白くもなんともなかったし。イサナって…、上忍だったっけ。あのくのいち、結構強かったけど子供なんかいたんだな…)
何度か戦場で見たことのある上忍を思い浮かべた。彼女は男に混じって戦う事の出来るくのいちだった。

神殿の前には随分とたくさんの人が居たが、先生が来るとざざっと自然に場所が出来た。
そう、その時既に先生は四代目だったからだ。
「皆気を使わないでいい。今日の主役はあちらだからね」
先生が微笑みながら設えられた舞台に目をやると、雅楽が鳴り始め、何人かが動き始めた。煌びやかな衣装を身に着けた子供達が舞台上でくるくるとまわる様に舞っている。
やがて数人の中から一人の子供が前へ進み出てきて、神剣を捧げ持って舞い始めた。
白く塗った顔、赤い口紅。
だが、自分が舞った時のような気持ち悪さはどこにもなかった。
大きな黒目がちの瞳が、松明の炎の揺らめきを宿して輝いていた。
動くに連れて移る視線が何かを見据えていて。
神剣を振りながら舞う様はさながら神懸かっていて、観衆から賞賛の声が漏れ、カカシはといえば思わず目を瞠ったまま釘付けになっていた。
その顔を、どこか可笑しげな、でも優しい顔で四代目が見ている。
もっと見ていたいと自覚した頃に舞は終わり、観衆に一礼をして子供は舞台上から去ってしまった。
身動ぎもせずにその後姿を見ていたカカシに先生はそっと耳打ちした。
「カカシ、どうだった? なかなか良かっただろう?」
何も言えずにコクコクと頷くカカシを満足そうに見つめると、四代目は口元に人差し指を当てて囁いた。
「おいで、いいものを見せてあげる」

訳もわからず四代目に付いていくと、ちょっと待っておいでと言って社務所の横にある建物に入ってしまった。
しばらくして四代目が出てくると、その後に小さな影があった。
――あの子だ!
カカシの普段は眠そうな目が見開く。
さっきまで被っていた煌びやかな冠はもう外されて、長く伸ばされた黒髪が小さな肩に流されていた。衣装も裲襠(りょうとう)を脱いで単の白い着物姿だった。化粧だけがまだ落とされていない。四代目の後から、黒くてくるりとした瞳がジッとこちらを見ているのを感じて、カカシは落ち着かない気分になった。
突然その子の手を取って、「凄く綺麗だった!」とブンブン揺さぶるカカシに、四代目は一瞬呆気に取られた顔をしていたが、すぐに笑ってカカシの片手に小さな巾着を持たせた。
「30分だけ、二人で夜店に行っておいで」
カカシは先生に頷いて、離さなかった左手を軽く引いた。その子供はカカシと四代目を代わる代わる見上げていたが、四代目の「店が終わってしまうよ?」という一言でカカシに付いて歩き出した。
小さな二人があっという間に喧噪に紛れた時、四代目はあっ、と呟いた。
「名前を教えてなかったな。ま、自分で聞くよね」

しばらくの間人並みを歩き、子供がじっと見つめていたりんごあめやら何やらを買ってやったりした。その出で立ち故に「ほら今日舞った子だよ」、という声がちらちらとかけられる所為か、子供はほとんど喋らなかった。俯きがちの姿が可哀想になって、カカシは人いきれから少し離れたところへ歩いた。
「大丈夫?」
カカシが問いかけるとコクリと頷く。
その仕草に思わず聞けば自分と一つしか歳が違わなかった。
(もっと年下かと思った…)
その言葉を飲み込んでいると、子供が口を開いた。
「俺、男なのにこんな化粧とかされてカッコわる…」
(しかも…男?)
カカシが目を丸くしていると、少年は眉を顰めて口を尖らせた。
「今、馬鹿にしただろっ! れ、練習の時はこんなのしなかったんだ!」
その表情を見て、カカシは何故かその顔に自分の顔を近づけてしまっていた。
「んッ!」
子供は驚きのあまり離れようとして尻餅をついた。カカシも自分のしたことが信じられなくて呆然と立ち竦んだ。
「なっ、なっ、何すんだよっ!」
口元を手の甲で押さえながらイルカが目を白黒させているところへ四代目がやってきた。
「カカシ、30分って言ったろう? 何? 喧嘩でもしたの?」
イルカを立たせてやり、着物に付いた砂を払いながら聞く四代目に、子供は目に涙を溜めながらも首を振った。
四代目は溜息をつくとカカシを振り返り、この子を送ってくるからここで待っていなさい、と言った。
歩いていく二人の後姿を見ながら、カカシはまだ呆然としたままだった。
帰ってきた先生が何か尋ねてきたが、ぼうっとして受け答えにならないので、そのまま何も言われなかった。



□■□



「…という訳なんです、イルカ先生」
「何がという訳、なんですかねぇ」
夜も更けて灯りも落として、さあ寝ようというところへ窓から入り込んできて延々と話しはじめた上忍をイルカは睨みつけた。
「何回も言いますが、そこは窓です。いくらウチみたいなボロアパートでも、里で不法侵入するのはいただけませんね」
「えー、だってココからのが早いし」
「だってじゃない!」
拳を繰り出すとひょいと逃げるので尚更むかつく。どうせ敵わないのならと無視することにして、さっさと布団に潜り込んで背中を向けると、カカシはぎしりと音をさせて寝台に腰掛けた。
「その日ね、俺の誕生日だったんです」
背中を向けて目を開けたままイルカはカカシの声を聞いた。
「俺はそれまであんまり、誕生日とか興味なかったんですよ。死なない事に安堵することはあっても、生まれた事を祝われるなんて気持ちはなかった」
結われていないイルカの髪をそっと触りながらカカシは続けた。
「でもその日ね、その子を見て、よかったなあ、って」
「よかった?」
イルカが思わず呟くとカカシは目を細めた。
「はい。生まれてきて、その子に会うことが出来てよかったなあ、って」
だって、とカカシはまた繰り返した。
「俺が生まれてなければ、その子は違う誰かと出会ってしまったでしょう?」
「……」
「イルカ先生が他の誰かに出会って、他の誰かのものにならなくてよかった」
「そっ、その子が俺だなんて、どうして決め付けるんですかっ」
イルカは思わず起き上がって、カカシが座っているのと反対側の寝台の端に下がった。
カカシはああ、と手を打つと笑った。
「昼間ね、7班の任務で祭りの手伝いをしたんです。アスマや紅んとこも一緒に。イルカ先生今日は受付入ってないから知らなかったんですね」
後退るイルカを追ってカカシもにじにじと移動する。イルカが寝台から落ちる一歩手前でその腕を引いて胸の中に納めた。
「その時に神主と昔話をしたんですよ。当時と同じ人だったんです。あの後…、祭りの翌月に九尾の事があったでしょう? だからそのあと何年も子供舞楽自体がなかったそうです。当時は、もうあれが最後の舞楽だと思った、って。だからあの子供がどこの子なのか、とか全部覚えてました。色々と話を伺いましたよ。イルカ先生化粧してて鼻傷もみえなかったから確証はなかったんだけど、目とか表情がね、そっくりだったから。なんとなくそうじゃないかな、って」
イルカは腕の中で赤くなって膨れている。
「そっ、そんな昔の話持ち出されてもっ…」
「あれね、俺のファーストキスだったんだけど?」
耳元で囁くといっそう赤くなる。
「うぁっ、何言ってんですか!」
「イルカ先生は?」
「何ですか、もう…」
むくれたイルカに駄目押しをする。
「ねぇ」
「あ、当たり前じゃないですかっ…」
口を尖らせる仕草が思い出と重なる。
「あの時俺は…、ただでさえ女みたいな化粧をさせられてるのが恥ずかしかったのに、歳もたいして違わない男の子に女扱いされて…、すごくショックでした…」
「イルカ先生は覚えてたんだ」
「あなた、あの頃からこの怪しい口布付けてましたからね」
そう言ってイルカはカカシの口布を引っ張り下ろした。
「十二分に怪しい風体なうえにあんな事されれば誰だってショックです」
「あー、それは…、すみませんね」
「まあ、四代目の教え子っていう時点で警戒しなかった俺も悪いんですけどね」
ふぅと溜息をつくイルカにカカシは目を大きくした。
「先生の? 何で?」
「そりゃ、俺だって四代目には色々とおもちゃにされましたからねぇ」
「おもちゃ? おもちゃって何ですッ? イルカせんせッ?!」
「うちの親は四代目と任務してましたからね、うちにもよく見えたんですよ。俺、三つ編みされたり、着せ替え人形よろしく着替えさせられたりしてましたよ?」
「なに〜っ! 俺の知らないところでそんなおいしいコトをっ!!」
拳を握り締めてブルブル震えるカカシを宥めてイルカが続けた。
「今から思えば…、あなたとの関係を築く練習をしてたんじゃないですかね…」
「あ…」
イルカに優しい口調で言われて、カカシは思い当たった。祭りに行く前、先生は友達と選んだのだと小さなケーキにロウソクを立てて、カカシに吹き消させた。そして言ったのだ。「来年は友達とか呼んで、もっと大きいケーキにロウソクを立てようね」と。
忙しい火影が時間を割いてカカシとケーキを食べて、祭りに行った。
それだけでも。
「愛されてましたね、カカシ先生」
先生のにこにこした顔が胸に浮かんで少し切なくなった。コホンと咳払いをしてイルカに抱きつく。
「どうせならもっとちゃんと紹介してくれれば、子供の頃のイルカ先生としっかり仲良く出来たのにな〜。もったいないことしたな〜」
ぶつぶつ呟くカカシの髪をそっと撫でてイルカは促した。
「もう寝ましょうよ、カカシ先生。明日…、あなたの誕生日には子供達も呼んで、俺がアカデミー風の誕生日会をしてあげますから」
「えーっ! イチャパラ風がいいです!」
「さっさと寝ろッ!」
ゴツンと拳骨を落とされてカカシはすごすごと布団に潜り込んだ。イルカもその隣に収まる。
「もう日付が変わりましたね。誕生日おめでとうございます、カカシ先生」
「ありがと、イルカ先生」
カカシがイルカの髪に触れる。
「生まれてきて、イルカ先生に出逢ってよかった」
どちらともなく軽い口付けをして、くすくすと笑いあった。




END


(2004.09.14)

カカシ先生、お誕生日おめでとう! 今、一番のお祝いはイルカ先生がそばに居る事かなぁ、と。
それにしても永遠の26歳なんだろうか? 羨ましいよ…。 舞楽に関しては木の葉流ということで出鱈目ですよー(汗)






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